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病院長挨拶

greeting_photo1 地域医療機能推進機構
うつのみや病院 院長 草野 英二


時代は変わり、医療も変わろうとしています

うつのみや病院がめざすこれからの医療についてお話したいと思います
医師教育を通して、活気ある病院づくりを目指します

平成254月、『うつのみや病院』に、自治医科大学から新院長として着任いたしました草野です。どうぞ宜しくお願いいたします。
私は、昭和49年に東北大学医学部を卒業し、直ちに北里大学にて初期研修を行い、昭和51年からシニアレジデントとして自治医科大学に赴任しました。それからうつのみや病院の院長に着任するまでの37年間、自治医科大学付属病院を核に医師としての研鑽と医師教育に傾注して参りました。当院はやはり自治医大出身の前大竹一栄院長が、在任期間の8年で同大を中心に医師を迎え入れ、現在は常勤医33名の体制です。これにより内科、外科をバランス良く提供できる医療体制を作って参りました。この流れを踏まえて、研修医を積極的に受け入れる教育体制を構築したいと考えております。

優れた教育病院をつくることは、住民の皆様の高いニーズに応える病院づくりにも通ずると思います。教え、教えられ、教え合うことで、知と技の交流が循環し、病院に活気が生まれます。その絶え間の無い循環が、病院をさらに発展させ、地域住民の方々からの信頼もさらに厚くなっていくものと期待しております。若い医師が経験豊富な医師に指導を乞うことによって生まれるダイナミズムが、さらに当院を活気づかせてくれるはずです。臨床と教育を2本柱とする病院を目指したいと考えております。

留まり続けるのではなく、多くの場を経験して欲しい

私が医師をめざした原点には、野口英世の存在が大きく影響しています。私は野口英世と同郷の福島県で県南に位置する矢吹町です。幼い頃から野口英世の存在が常に身近にありました。「自分も野口英世のような医師になってアメリカに行き、色んな経験をしたいと思っていました。」

医師になった自分は、一つの場所に留まり続けるのではなく、機会があれば積極的に外に出ました。振り返れば、出身大学の東北大学には一度も席を置いたことがないという、当時の日本の医師としては希な卒後を送りました。現在の研修医は自分の選択で大学病院や市中病院で研修できますが、我々が卒業した昭和49年はそうではなかったと思います。

北里大学で初期研修を終え、医師の研鑽の場に選んだ自治医大のスタイルは自分に合っていました。ご存知のように自治医大の卒業生は、卒後、大学に留まらず、出身地元の関連病院や僻地の診療所など、大小様々な医療機関で長期間経験を積む独自のスタイルがあります。私自身も、関連病院での研鑽を通して、腎臓という比較的マイナーな専門科に属しながら、全身性疾患を扱うという科の特殊性もあって総合診療力も身につけることができました。さらに、アメリカ留学で異なる考え方や生活習慣をもつ医師、研究者たちとの交流、さらに、全て他大学出身者で占められた医局での交流と研鑽が、思考の幅と視野を大きく広げてくれたように思います。

「僕のなかでハッピネスというのは、『昨日より今日、今日より明日』という、上昇気流を心の中に日々感じることができることだと確信しています。私が留学したアメリカのメーヨクリニックには世界中から一流の人間が集まり、日々、新しい発見、驚きがありました。日本の医師は狭い村社会に生きて、視野が偏狭になっている部分があります。それでは、本来素晴らしい才能をもっていても発揮できることなく埋もれてしまいます。ずっと同じ病院に留まり続けるのではなく、同じ組織のなかでも、たとえば外来、病棟と臨床の場を移していくのもいいですし、多様な場で多様な人と交流する。そうして人も考え方も混じり合いながら経験を積んでいくことは、視野を広げ、医師としてのやりがいにも繋がります。

広い視野と総合マインドをもった臨床医へ

私は大学人として自分は何が得意だったんだろうと考えることがありますが、臨床、教育、研究という分け方をすれば、自分は臨床だったと思っています。日本の大学の医局は、基礎研究重視の傾向にあり、臨床医が育ち難い環境にあったのではないかと思います。この問題を克服すべく、私は臨床業績や研究業績の評価を見直し、その医師の発展段階に応じた業績をそのまま損なうことなく評価する、つまり研修医時代は症例発表、専門医取得後は臨床研究、大学院や留学時期は基礎研究、臨床研究を、その後関連病院や大学ではその人の状況に合わせて業績を生み出していく、そのすべてを評価するということです。そして幅広い考え方と視野を有する医師を育成するため、海外留学を推進しました。さらに医師の育成にあっては長期にわたる卒後研修システムが重要であり、研修システムを整え、キャリアパスの明確化にも取り組んできたつもりです。

こうして、自分が歩んできた道と、臨床教育の考え方から見えてきた医師像があります。

それは、“人間的にも優れた、広い視野と総合医のマインドをもった臨床医”です。

「超高齢化社会の時代には、多数の科にまたがって病気をもっている患者さんが増え、『専門以外は診ることができない』では、医師として機能不全に陥ってしまいます。専門だけに特化した、いわゆるI型の医師ではなく、総合医のマインドを持ちながら、同時に専門を志向するようなT字型の医師を育てなければならない。診療体制専門科の垣根を取り払い、色んな合併症をもった患者さんを協力しながら診ていくことが大切だと強く感じています」

うつのみや病院には“学閥”の垣根もありません。それは自治医大の関連病院としての特殊性かもしれません。「多くの医師は自治医大出身ですが、卒業後に出身県に戻り、一定の決められた期間の僻地勤務が必要な自治医大のスタイルが、“学閥意識の希薄さ”というプラスを生み出しています。ここは社会保険病院という全国にグループが広がる公的な医療機関でありながら、あらゆる大学出身者に開かれたオープンな病院です。医師の採用にあたって出身大学には一切こだわっていません。他大学出身の医師でも大歓迎です。」実際、獨協医科大学の先生方もいらっしゃいます。

 

一流をめざせる環境を作りたい

うつのみや病院は、派遣医師など全体を合わせると5、6年目の医師が最も多く、その約4割が女性医師。女性医師の多さは、働きやすい病院環境の証でもあると思います。子育てなどの理由により「医師を辞めるかどうか」という二者択一ではなく、時短勤務など、ライフサイクルに合わせた働き方ができます。医師をサポートする看護師も、「混合病棟」による複数の科にまたがった対応能力を持ち、非常に頼りになる存在で、院内連携もスムーズです。

うつのみや病院には、医師として働きやすい環境も、広く深く研鑽できる環境も整っていると自負しています。しかし、いくら最高の環境があっても、最後は本人の努力次第であることは言うまでもありません。

「ただ与えられるのではなく、自らも積極的に動くこと。当院では、幅広い臨床をしっかり経験することができます。努力し、どんどん症例数を重ねていけば、一流の医師になれる。うつのみや病院には、そのための環境とバックアップ体制は整いつつあります。設備もスタッフもフルに活用して欲しいと思います」

私は院長ではありますが事務作業に終わることなく、患者さんの前では一般内科の担当医として、自ら総合内科学の診療の実践をし、特定の臓器に偏ることなく広い疾患に対応した診断・治療を行いたいと考えています。週のうち3日は腎臓、高血圧などの腎臓専門外来も担当し、積極的に臨床現場に立ち続けたいと思います。

私はスタッフの方々と一丸となって宇都宮社会病院を宇都宮の南地区のフォートレスとして、充実した「臨床」と優れた「教育」を2本柱とする病院にしたいと日々決心を新たにしていますので、地域の皆さんのご支援を宜しくお願い申し上げます。また、全国の若い先生には是非とも宇都宮社会病院で仕事をしてキャリアアップを図って頂きたいと考えております。各科の研修プログラムや研修指定病院制度も相当充実しつつありますので、うつのみや病院でともに働き、研修を深めましょう。皆さんが快適にかつ研修を深めるための努力は一切惜しみません。
Profile福島県 出身1974年 東北大学医学部卒 / 1976年 自治医科大学赴任 / 1981年 米国メーヨクリニック留学(2年間) / 1987年 自治医科大学腎臓内科 講師 / 1993年  同 助教授 / 2002年  同 教授 / 2013年 うつのみや病院 院長就任
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